ダメ出しするダメなオタク

ソルシエ再々演とDVD待ってる

推しを気持ちよく推せない

大きな仕事が増えてきて嬉しい推しさん、でも小さい舞台も多い。

いちファンが仕事に優劣つけるものではないだろうけど、やっぱり「全通特典」するような舞台は嬉しくない。新規客は難しいのはわかるよ!どんな商売だってそう。でも発売前から特典出し過ぎじゃないのかな。とりあえず売ってみてダメならキャンペーン打たれる方がいい。3回、5回はまだわかるよ。楽しみにしてればそれくらい買うことはある。でも「がんばって買う」ってなんなんだろう。いままさに自分がやってることだけど同じ舞台10回見る必要あるのかな。無理してる。書き初めて気づいたけど。もうブーメランぐっさぐさ刺さってる。死にそう。だって見たいんだもん仕方ないじゃんって気持ちが大きければいい。でも義務的にお金出したね。見たい気持ちより無理して空席埋めたい気持ちが勝ってる。もうだめだしのう。泣ける。しばらくある舞台に通うから他の舞台見れないし旅行もできない。え。なに私ばかなのなんなのしぬの。通うってなんだよ。空席がなんだ。自分の見たい舞台も見れずに何してるんだろう。いや見たいから買ったんだけど、たぶん見たかったんだよ。

お金って何ですかね。なんでお金も時間も有限なのかね。

 

同僚が「ダンナの友達が中野で舞台やるから付き合いで見に行く」という話をしていたので推しがしょっちゅう中野の小さな劇場に立っていたころを思い出してた。

この作品もそうだったね。衣装が酷い出来だった。作品はよかったのに台無しだった。アイロンくらいかけてほしい。

消防法違反じゃないかなって思うような劇場に何度も行った。免震構造の劇場とは大違い。

あのころの推しに掛けた情熱はどこへ消えてしまったんだろう。

 

なんだか昔話ばっかりなブログだな。

後ろばかり振り返ってないで今と未来も大切にしなきゃとは思うのに。

昔は良かったと言えるほど良くなかった。だって、売れてなかった。100席埋められないゲストなんてコスパ悪い。

それでも好きだったしいまでも好きなんだよ。

一昨日行った別ジャンルのイベントはすっごい楽しかった。あの人がかっこいいあの子が可愛いってはしゃいだけど、推すところまでいかないの。好きだけど自分の定義のファンではない。あっちをメインにするつもりはないからいいんだけど。私は何かが好きでもっと見たくて結果おっかけをしてるんじゃなくて「おっかけしてる私がすき」系なんだと気づいた。はまってるものがあってスケジュール埋まってて財布は寂しいけど毎日たのしーさいこー推しらぶ!っていう「おっかけ女子」テンプレみたいなのが好きなだけかもしれない。つらい。

推しのこと好きなのに推すのつらいってなんだよもう。

好きなのにアレルギーでカニ食べられない人じゃないんだぞ。

もうむり。

全部の舞台に足を運ぶ必要がないことは知ってる。

無理のない範囲で楽しくやったほうがいいの身に染みてる。

でも上手にできないままここまで来てしまった。

いい距離感教えて欲しい。





中野の舞台はたしかに美術も脚本も演技もレベルが高かったとはいえないものが多いけど、自分が楽しめれば価値がある。楽しい時間にお金を払ってる。

わかってるよ。

でも自信がないんだ。

何が好きなのかわからなくなった

ネット依存しすぎだなと自覚はあった。


このところ人に裏切られたと思ってしまう事が2回ほどあった。

知り合いが一緒に行くと言ってチケット取ったら「行かないよ」と言われた。

他のフォロワーさんがそのチケットを引き受けてくれるというので詳細を教えたら「やっぱむり」と断られたりして心がポッキリ折れた。

イライラもやもやしてたのをぶつけるようにあるフォロワーさんにひどいことを言ってしまった。



ああ、最悪。

リプ蹴りされて当然。


まだブロックされてないけど、ミュートされてるかも知れない。


どうやって謝ろう。

ごちゃごちゃ考えたけど今動いてもロクな結果にならないと思ってtwitterをログアウトした。

ログアウトしたけどまだ納得できなくてアプリを消した。

アカウント消したら相手が気付いた時に良い感じはしないだろうからそのまま。


最近ネットにもリアルにも居場所がない。

自分のしてきた結果が今の状態なのはわかってる。

でも、上手いこと立ち回れない。

リアルではおどおどしてる挙動不審な人だし、ネットでは…ネットではなんだろう。



本名で呼ばれても愛着はあまりなく

ハンドルネーム(とは今は言わない?)で呼ばれて感謝されると、違う私はそんな人じゃないって拒否反応がでる。


こうなると自分に自信がどんどんなくなっていって、何をしても悪循環に陥って、それは私じゃない私はそんなじゃないそんないい人じゃない違う、ってずっと考えてしまう。

自信がなくなると好きなものも好きって言いづらくなって、じゃ私が好きなものって一体何だったんだろう。


ほんとに演劇が好きなのかって言われると推しが好きなだけなような気もする。

新しい趣味が欲しい。

人に言った時にとやかく言われない趣味が欲しい。

何かをするために日本全国海外遠征とかしなくて済むもの

お金も年間何十万円も掛からなくて

家族からも何も言われないような平和で聞こえの良い趣味が欲しい

趣味が欲しいんじゃなくて、自分を肯定してほしいだけなのわかってるよ。

自分に自信が持てないからこうなる。

仕事もそんなにがんばってないし私から観劇をとったら一体何が残るだろう。

燃えかすくらいか。


チケットのことで気を煩わせるようなそんなそんなつまらない人生は自分で書いてて凄い嫌になってきた簡単に私を肯定してくれて自分に自信がつくような何かが欲しい

自分に自信がついたところでひどいことを言ってしまった事は何も変わりはないんだけどでもやっぱり自信がない人よりはそれなりに人から見ても自分で考えても幸せで自信に満ち溢れたそんな人生を送りたいよね

好きって何だっけあー幸せって何だっけ

推しはきっと好きだよ

幸せになってほしいよ


何かを手放す勇気が欲しい

今持ってるほんのわずかなものを手放すのが怖くて変わるのが怖くて進めない。

前を向くのも怖いけど後ろも向いていられない。


傷つけてしまった人も結局ネットだけの付き合いだから本当はどういう人かわからない。わからないからこそ失礼なことを言ってしまって本当に申し訳ない。文字だけでのやりとりは難しい。その人の好きなものを私は否定してしまったけど私は好きなものを否定されたら嫌だ。いやなのになんであんなことをしてしまったんだろう。つい優しい言葉をかけてくれるから甘えてしまった甘えるっていうのはちょっと違うか、なんだろうなぁ、人間性がクソなのが分かってしまったな。


Twitterのアプリを削除してみたけど結局パソコンで見たりして何も変わってない

Twitterがなかった時って私一体何をしてたんだろう思い出せないもうやだもうダメだあー


お誕生日おめでとう

今週のお題「あの人へラブレター」

 

推しさんお誕生日おめでとう。

ぴったりなお題ですね。

 

あなたに会ったのは2010年のこの日でした。

今までDVDの中でしか知らなかったあなたに直接会えてとても幸せだった。生身の人間をこんなに好きになるなんて思ってもみなかった。

 

テニミュというたくさんフィルターをかけて甘い目で見てもらえるブランドを本当に卒業して、さあこれからが本番だという時。

ドリライのあとの最初の仕事はたしか小説の舞台化作品。

生まれて初めて自分で何かのチケットを予約してすごく楽しみだった。初めて見た小劇場は全く知らない世界だった。

テニミュに出てた誰それというくくりで推し以外も見に行ったし、同じようにテニミュに出てたからと見にきてくれる人もいた。

そんなテニミュも2ndシーズン、3rdシーズンと進んでいく。

テニミュ出身者で有名になった人もいるし、それより沢山の人が引退していった。

推しの事務所はよく潰れる小さい所だった。良いとは言えない環境で懸命に頑張っていたけど、毎回舞台に来てくれるような濃いファンは減り、出演する舞台のサイズも小さくなっていった。

上から目線だけど、伸びしろがあるとはあまり思えなかった。いつか消えて行くんだろう。それまで応援してあげようと思っていた。

 

推しを追って数年め、私は舞台を観るのをやめた。

パイプ椅子もつまらない脚本も独りよがりな演出も色目を使う共演者もファン内のマウントも全て過去のものになった。

 

しばらくはブログだけは読んでいたけど、そのうちやめた。気づいたら引退してるかも知れないなと思っていた。

 

推しは引退しなかった。大きな炎上もなければ大抜擢もなかったけど、着実に実績を積み上げていた。

気づいたら引退どころか、シアタークリエに立っていた。アンサンブルではなく名前のある役だった。

いい記念になっただろうなと思っていたら、再演でもう一度あの舞台に立った。歓喜してチケットを買った。そのうちに別作品でまたそこに立った。これならオタク臭くないからとツイッターに上げるといいねがついた。


推しのことは好きだったけど、推しの名前を聞かれるのは嫌だった。「誰?知らない」という返事に傷つくのは耐えられなかった。

でも、もしかしたらいつか「知ってる!」と言ってもらえると日が来るかも知れない。そんな予感がした。

 

そして推しは日生劇場に立った。綺麗な衣装を着た写真を観ると目が潤んだ。よくここまで来たと感激した。喜んでテニミュを知る友人たちにふれ回り、みんなからおめでとうと祝われた。もう昔のように毎回は行けない、何公演も見れない、でも細く長く応援して来た事も推しのためになっていると思いたい。

 

いつか、と思っていた日が来た。

推し用とは別のツイッターアカウントで推しの出演舞台を観たフォロワーさんがいた。私の推しの事も覚えていてくれて感想をくれた。嬉しくて言葉にならない。私が好きな人のことを知っている人がいる。こんな幸せな日がくるとは思わなかった。

大きな舞台に出ればたくさんの人に見てもらえるんだと改めて感じた。そのポジションを手に入れるためにしのぎを削る人達がいる。ステージでスポットライトが当たるのは本当にごくわずかな人だけだ。テレビでは舞台のことを下積みと表現するのが嫌いだった。でもどれだけの人に見てもらえるか考えると、仕方がないのかも知れない。

100席未満の小劇場が埋められなかったあの頃はファンも辛かったが本人はもっと苦しんだはずだ。だからああよかったなと心から思った。あなたの頑張りは未来に繋がったよ。諦めずに役者を続けてくれてありがとう。

 

推しのことを好きだと言えてよかった。素直に自分の心を大切に扱ったからいまの私の幸せはある。好きなものを好きと言う勇気を与えてくれた推しは私の神さまです。ありがとう。