読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ダメ出しするダメなオタク

ソルシエ再々演とDVD待ってる

舞台を見る前に何を感じてるか

Twitterの別の趣味垢のフォロワーさんがフィギュアスケートの観戦に行った。テレビではいつも楽しみにしてたけど生で見るのは初めてだったみたい。数日前から何を準備すればいいんだろう望遠鏡買った方がいいかなってそわそわしてた。

当日会場前で「着いた」ってツイート。楽しんできてと声を掛けたら「最高だった!まだ始まってないけど」

あーーーー!これだわ私が最近失ってたもの!

あこがれてた世界がいま目の前にある。私はチケットを持って飛び込める。あのときめき。遊園地の前で入場前に記念撮影するような気持ち。旅行前の高揚感のような。楽しい世界が待ってるもうすぐ手に入るって期待が。

観劇が日常の一部になってしまって会場前で心躍る事がすくなくなった。ステージを見ていてもドキドキしながら目を輝かせてる時間が減った。

今日はAを見に行くけど今見たいのはBなんて言って笑ってたけどなんなの何様なのあんた。数年前の私が聞いたらなんて贅沢なって怒るだろう。しかも最前列ってどんなことしたらチケット取れるの私は後ろなのにずるい席変われよ!くらい言われても仕方ない。

最前列の特別感もなくなった。頑張れば取れる。何公演も見れば抽選でも取れてしまう。推しが人気過ぎてチケット全部落選ってそもそもほぼ無いし…。もうちょっと人気出るといいのに。

何度も取れるから特別じゃなくなったってのは残念すぎる理由だ。それなら普段は茶の間で応援してて年に一度ライブでも行った方がよっぽどお金も時間も掛からない。そういう楽しみ方を堪能できればよかったんだ。滅多にない機会を待ちわびてその日のために毎日頑張れるって思ってたはずなのに。

どんな席でも良席だと思うようにはできなくてもせめて今日は楽しみにしてた最前列だって思いたい。悔しい。人間は欲深いしいいものを手に入れてもすぐ慣れて感謝の心を忘れてしまう。推しに出会えたこの奇跡!!!推しの存在が奇跡!!!!!!同じ空間にいると思うと胸がいっぱいで息ができない!!くらいの感覚で居たい。

 

 

で、会いに行ける相手を推しているにもかかわらず来週の舞台のチケットを取ってないんですかどうしたらいいんでしょうか。見たいんだけど不安要素がある舞台を見に行くのがたいへんになってきた。歳を取ると安定を求めるってこういうことか。アラサーつらい。

あとさよならソルシエで満足した。いま満腹だから食べなくていいかな、みたいな。後々後悔するかも知れない。作品的には見たい。ビジュアルは最高。でもなんで今かな。来月以降だったら良かったのに。

別で追っかけてる相手なんか1月の舞台で満足してしまって来週の同じ作品のチケット手放そうかって思ってるくらい。ロングランで来年以降もやるけど私の中で1月のあの公演が最高傑作だったからもう見なくてもいいや。他の作品に出てくれたらすぐに駆けつけるんだけどなあ。本当に素晴らしかったんだよ。生涯忘れられない出会いだった。これがあるから舞台オタクはやめられない。

 

舞台は生で観なきゃ意味がないと思ってる。「観劇という趣味を長く続けたい」ならば今気分じゃないならお休みすればいいし「推しがステージに立ち続けて欲しい」ならば割引チケットすら売り切れない舞台の空席を埋めに行くべきだよね。売れなきゃ消える世界だから。

推しの舞台が見れるってきっと私が考えてるよりずっと幸せな事だ。